Mic Sejaの「小型高性能車シリーズ」第50弾 : フォード・アングリア ― 空飛ぶ大衆車とジョン・ブル魂
2026.3.16
Mic Sejaの「小型高性能車シリーズ」第50弾 : フォード・アングリア ― 空飛ぶ大衆車とジョン・ブル魂
<イントロ:鉄の女の国の大衆車>
昨今、日本では「初の女性首相誕生」といった話題で、世間がにわかに騒がしい。
“鉄の女”などという言葉まで飛び交っているようだ。
鉄の女と聞けば、やはり元祖はMargaret Thatcher 元英国首相だろう。
サッチャーが登場する以前から、英国は長い停滞のただ中にあった。
いわゆる「英国病」と呼ばれた時代である。
当時の逸話として「ウイスキーは輸出に回し、英国民はジンを飲め」
冗談のようにも聞こえるが、それほどまでに外貨獲得が優先された時代だったのだろう。
自動車もまた例外ではなかった。
輸出向けの車には本革シートを奢り、国内向けはビニールレザー。
れっきとした大衆車でありながら、日本に輸入されたアングリアはレザー・シートが備わっていたのである。
実際、私の遠い親戚筋にあたる医師のセカンドカーのアングリアにはレザー・シート仕様だった。
まだ高速道路が整備される前の時代。横浜・鎌倉往復の一般道ロングドライブでも「国産車よりずっと疲れない」
そう話していたの、幼いながら妙に感心して聞いた記憶がある。
<空飛ぶアングリア ― ハリー・ポッター>
フォード・アングリアと聞くと、映画を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
そう、ハリー・ポッターの秘密の部屋(Harry Potter and the Chamber of Secrets) である。
物語の途中、魔法学校ホグワーツへ向かう少年たちが、空を飛ぶアングリアで空をかける場面がある。
あの場面を覚えている方も多いだろう。
古い英国の寄宿学校。
石造りの塔。
どこか貴族的な空気を漂わせる風景。
その上空を、フォードの小さな大衆車が飛んでいく。
改めて考えると、なかなか面白い組み合わせだ。
英国と言う国は、貴族文化と庶民文化が妙に自然に同居している。
そんな印象持たれたことはないだろうか、
ホグワーツの塔の上をアングリアが超えていくのを見ていると、
貴族の世界にも大衆車くらいは当たり前のように入り込んでいる――。
そんな英国らしい空気をどこかに感じてしまうのである。
*英国国立自動車博物館BeaulieuNational Motor Museum、入り口近くに「映画に出てくる自動車」コーナーに展示されているハリー・ポッター・アングリア
<フォード・アングリア>
フォード・アングリアは、1959年から1967年まで生産されたフォードの小型大衆車である。
全長はおよそ3.9メートル。
当時のアメリカ車が持っていたデザイン要素――派手なフロントマスクや特徴的なライン――を、そのまま小型車に縮小したようなスタイルをしている。
なかでも目を引くのが、クリフ・カット・リアウィンドウと呼ばれる後方に傾いたリアガラスである。
メカニズムはきわめて素朴だ。
前輪はマクファーソン・ストラット、
後輪は半楕円リーフのリジッドアクスル。
エンジンは997ccまたは1196ccの直列4気筒OHV。
いかにもフォードらしい、堅実な大衆車の構成と言えるだろう。
*英国国立自動車博物館のアングリア展示

*小型車ながら当時のアメリカ社風の顔つき、当時のフォードらしいデザイン感覚である。
*「クリフカット」リアウィンドウ。今見ても忘れられない造形です。
<クリフ・カット・リアウィンドウの合理性>
この後方に傾いたリアウィンドウは、単なる奇抜なデザインではない。
実はかなり合理的な構造でもある。
自動車の乗員は、必ず背中をやや後ろに傾けた姿勢をとる。
いわば仰向けに近い姿勢で、脚を前方へ投げ出す形だ。
運転時の体の支え方や、衝突時の安全性など、さまざまな理由から自然とそうなる。
通常のセダンでは、その背中の後ろにトランクを置くため、どうしても車の全長が長くなってしまう。
ところがクリフカット構造では、背中の下側にトランクを配置することができる。
つまり、長さ方向のスペース効率が非常に良いのである。
日本のマツダのキャロルも同様のクリフカットを採用していた。
もっとも、衝突安全や空気抵抗といった現代の基準から見れば、この構造の優位性はさほど大きくない。
そのため現在では、ほとんど見かけないスタイルになってしまった。
そう言えば2002年ころのルノー・メガーヌⅡも、このクリフカットを思わせるリア形状を持っていた。
<レーシング・アングリア>
ところが、この控えめな大衆車はレースの世界ではまったく別の顔を見せる。
英国のクラシックレース界では非常にポプラ―な存在で、レースイベントやクラッシック・レーシング・カー・ショウでも改造されたアングリアをよく見かけます。
<あとがき>
小さくて安い車が、より大きく高価な車に食い下がる。
ときには追い抜いてしまう。
そんな光景を眺めていると、どうしてもこんな物語を連想してしまう。
英国の中産階級が好みそうな、あの筋書きだ。
小さな大衆車が、堂々たる高級車に挑む。
それはどこか、英国人が愛してやまない“弱者の逆転劇”のようにも見える。
もしかするとこれもまた、英国人の精神――いわゆる「ジョン・ブル魂」の発露なのかもしれない。
<本稿完>
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